大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)3553号 判決 1968年5月17日
原告 株式会社 河田
被告 東洋電気化学株式会社
主文
被告は別紙目録(一)記載のブロツク玩具の製造、販売、頒布および販売のための展示をしてはならない。
被告は右ブロツク玩具の既製品、半製品を廃棄し、その製作金型を除却しなければならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
第二、請求原因
一、原告は、つぎの登録実用新案(以下本件実用新案という)の権利者である。
考案の名称 ブロツク玩具
出願日 昭和三七年一一月二日
公告日 昭和四〇年五月一七日(昭四〇-一三二九〇号)
登録日 昭和四〇年九月二一日(登録番号第七七九七一七号)
本件実用新案の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、別紙(二)の公報の該当欄に記載のとおりである。
二、被告は別紙目録(一)記載のブロツク玩具(以下イ号物件という)を製造し、販売している。
三、イ号物件は、つぎのとおり本件実用新案の技術的範囲に属するものである。
(一)、イ号物件には、中間片を欠くほか、本件実用新案の構成要件のすべてを具備している。なお、イ号物件は、原告の本件実用新案の実施品である「ダイヤブロツク」玩具と比較すれば、中間片を欠くほか、その色彩(半透明の赤、青、黄と不透明の白の四色)、寸法も全く同一である。
(二)、本件実用新案の登録請求の範囲には、本考案に中間片を設ける旨の記載があるが、これは必須の要件ではない。すなわち本件考案は、劃壁を升目にしたときには各交点に相当する部分に歪みを生じ変形したり上面に凹みを生じたりする欠点があるので、これを除去し、同時に升目の劃壁に比較して各劃壁に弾性を附与して多少の寸法誤差があつてもキツチリ嵌合することができる作用効果を達成するための、ブロツク玩具の形状、構造についての考案であって、劃壁により升目を形成したと仮定したときの劃壁の各交点に相当する部分を削り取つたような形状に成型することが考案の要旨である。中間片は他の要件と結合して一個の考案思想を構成しているものではない。本件実用新案公報の詳細な説明中に、「本件考案においては、円形突起と空洞部分の寸法が厳密に合致しなくてもキツチリ嵌合する」旨記載されているが、それは劃壁の各交点をそのまま残し升目に形成する場合には、如何に精度の高い型を用いてもすべての円形突起と空洞部分とを正確に一致せしめることが実際上不可能であることを前提としているのであるから、この場合との比較において理解すべきである。本件考案の作用効果を生ずるためには、必ずしも中間片の存在を必要とはしない。
(三)、かりに、ブロツク主体の周縁の内部に、中央部の中間片を設けることが本件考案の構成要件の一つであるとしても、本件考案においては「劃壁により升目を形成したと仮定したときの劃壁の廻交点に相当する部分を削り取つたような形状に最初から成型すること」が、その考案の主要部である。ところで、イ号物件は、右考案主要部をそのまま具えているから、本件実用新案権の侵害は免れない。
第三、被告の答弁
一、原告主張の請求原因一、二の事実は認めるが、同三の事実は争う。
二、イ号は、本件実用新案の構成要件の一つである中間片を具えていないから、なんら本件実用新案権を侵害するものではない。本件考案において、ブロツク主体の周縁の内部に中央部の中間片を設けることは、考案構成に欠くことができない要件を記載すべき登録請求の範囲中に明記してあるだけではなく、その詳細な説明中にも、その点が本件考案の要旨である旨記載されている。更に、原告の、本件実用新案登録出願拒絶査定に対する審判請求についてなされた審決の理由にも、「………この出願のもののように、ブロツク体の周縁の内部に円形突起が嵌合し得る空洞部分を残して周縁より内側に向つて互に接続することのない劃壁と中央部の中間片とを設けたものとは突子を嵌合する空洞部分を形成するため構成において両者は顕著な差異が認められるので云々」と示されているのであつて、このように判断を受けた結果本件出願の考案は登録すべきものとする審決により登録されるに至つたものである。
本件考案においては、どの円形突起も四方に劃壁ないし中間片が存在することにより、種々なる嵌合形態に対応して常にキツチリ嵌合しうる作用効果があるのである。中間片の存在しないイ号物件においては、円形突起は三方のみ劃壁によつて支持されるが、他の一方はこれを支持する中間片なきため、常識的にみてもその嵌合が極めてルーズならざるを得ないのであつて、到底キツチリ嵌合せしめるという本件実用新案の作用効果を期待することができない。
ブロツク玩具は嵌合する円形突起と空洞部分とは特定されていない。円形突起と空洞部分とは時には全部時には一部または時には垂直に、時には直角にと種々なる嵌合形態をとらなければならない。例えば、主体の上面に存する円形突起の内の任意の連続せる二個を、別の主体の周壁から内面に突出している劃壁によつて形成されている空洞部の内の任意の連続せる二部によつて嵌合させた場合、本件考案によるときは円形突起は空洞部分にキツチリ嵌合しその挟持力によつて固定しているが、イ号物件においては中間片を欠くため、固定せず、容易に脱落しこのような組合せをすることができない。
第四、証拠<省略>
理由
一、原告が本件実用新案の権利者であること、本件実用新案の登録請求の範囲に、「矩形状のブロツク主体1の上面に少くとも二列の円形突起2、2を突出したブロツク玩具において主体1を周縁3と上面を有し内部が底面に向けて開放した形状にすると共にその周縁の内部に前記円形突起が嵌合し得る空洞部分4、4を残して周縁3より内側に向つて互いに接続することのない劃壁5、5と中央部の中間片6、6とを設けてなるブロツク玩具」と記載してあること、被告が別紙(一)記載のイ号物件の製造販売の行為をしていることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、イ号物件を本件実用新案の登録請求の範囲の記載と対比すると、イ号物件には、ブロツク主体の周縁の内部に中央部の中間片が設けてないほかは本件実用新案の登録請求の範囲に記載された事項のすべてが具つている。
三、原告は、右中間片を設けることは本件実用新案の考案の構成要件ではないと主張する。
しかし、成立に争いない甲第一号証の本件実用新案公報の詳細な説明に、つぎの趣旨の記載がある。
「本考案は、合成樹脂製の矩形ブロツクの上面に数個の円形突起を突設すると共にその下面側に円形突起の嵌合する凹入孔を形成し、これを多数使用して、塔、建物その他任意のものを組立てるようにした公知のブロツク玩具における下面の嵌合部分の形状構造に関するものであり、従来は、ブロツク主体の内部を空洞にすると共にその内部を隔壁で升目に区劃し、その升目によつて形成される空間に他のブロツク主体の上面の円形突起を嵌合すべくしていた。ところが、円形突起を嵌合させる空洞部分は組立てるもののいかんにより必ずしも特定しないため、すべての円形突起と空洞部分の寸法を正確に一致せしめて置く必要があるが、内部を隔壁で升目に区劃するときは成型後の冷却の際劃壁の交点の冷却速度が他の部分に比較して著しく遅くなつて内部歪を生じ、変形したり、上面に凹みを生じたりする欠点があつて、すべての円形突起と空洞部分の寸法を正確に一致させることは極めて困難であり実際上殆んど不可能であつた。本考案は右の欠陥を克服したもので、その要旨とするところは、劃壁により升目を形成したと仮定したときの劃壁の交点に相当する部分を削り取つたような形状に最初から成型することにある。すなわち、劃壁と中間片とは互いに接続することがない構造にすると、劃壁はこれを升目にしたものに比し、成型後の冷却に際し歪みを生ずることなく、しかも弾性が大きくなり、円形突起と空洞部分との寸法が厳密に合致しなくても、キツチリ嵌合して任意なものを組立てることができるという作用効果を有する。」
右の記載によると、中間片があることにより、円形突起は両劃壁間と、周壁と中間片間の四面で強固に挾持され、キツチリ嵌合するという作用効果が発揮されるのであつて、ブロツク主体をどのような組合せでもこれを可能にするためには中間片が欠くことができないものであることは見易き道理である。
以上の事実によると、右原告の主張は採用することはできないのであつて、本件実用新案の登録請求の範囲の記載はその詳細な説明に記載された考案の構成に欠くことができない事項のみが記載されていると認めるべきである。
四、ところで、第三者の製品が登録実用新案の明細書の登録請求の範囲に記載の要件の一部を欠如するときは、右記載が考案の詳細な説明に記載された考案の構成に欠くことができない事項のみを表現している限り、第三者の製品の特徴と登録請求の範囲の記載との間に共通する部分があつても、一般には権利侵害の問題を生ずることはない。それは、登録請求の範囲に記載の構成要件は一体となつて有機的に結合し、一つの纒つた技術思想を表現しているのであるから、全体として保護を受けることができるのであつて、その各要件が独立して保護されるものではないからである。
しかしながら、第三者が実用新案の考案の作用効果を低下させる以外には他になんらすぐれた作用効果を伴わないのに、専ら権利侵害の責任を免れるために、殊更考案構成要件からそのうち比較的重要性の少い事項を省略した技術を用いて登録実用新案の実施品に類似したものを製造するときは、右の行為は考案構成要件にむしろ有害的事項を附加してその技術思想を用いるにほかならず、考案の保護範囲を侵害するものと解するのが相当である。
ところで、イ号物件は、「劃壁により升目を形成したと仮定したときの劃壁の交点相当部分を削り取つたような形状に最初から成型し劃壁を互いに接続させない」という本件実用新案における考案の主要部をそのまま取り入れたうえ、更に中間片まで除去した形状を用いているので、ブロツク主体の両端における二つづつの空洞部分を除く中央の空洞部分では、両劃壁と周壁の三面だけで円形突起を挾持することになる。その結果、本件実用新案と同様劃壁の成型に際しその歪みを生ずることなく弾性が大きいという作用効果はあるが、嵌合度は、ブロツク主体の中央において本件実用新案の四面によるものより劣ることが明らかである。
ブロツク玩具はどのような組立てもできるところに価値がある。イ号物件においてはブロツク主体の中央に中間片が設けてないため、その中央部で他のブロツク主体の先端と組合せることは嵌合が不完全で、これをすることができない欠点があるが、劃壁さえキツチリ円形突起を挾持しておれば、組立てる形のいかんによつては、中間片が設けてなくてもある程度安定した組立てをすることができることがその構造上明らかである。本件実用新案の構造において劃壁はブロツク主体の組立てに絶対に必要であるが、中間片は劃壁に比し重要性は軽いということができる。そしてイ号において中間片を欠いていることにより、本件実用新案の構造より何らか他にすぐれた作用効果を期待しうることについてはなんら認めるべきものがない。
なお、原告の本件実用新案の実施品であると認められる検甲第一号証のブロツク玩具に比較すると、被告の製品であることにつき争いのない検甲第二号証のブロツク玩具は中間片を欠くだけで、その主体の大きさ、色彩など前者と全く同一の感があり前者を模倣したものであることが容易に推認できる。
五、以上の事実によると、イ号物件は本件実用新案の考案の構成要件の一つを欠くにも拘らず、本件実用新案権の保護範囲を侵害するものと認めるべきである。
よつて、被告に対し、イ号物件の製造、販売、頒布および販売のための展示行為の差止め、イ号物件とその半製品の廃棄、ならびにその製作用金型の除却を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
なお、原告は仮執行の宣言を求めているが、本件においては相当でないと認めこれを付さないことにした。
(裁判官 大江健次郎 田倉整 池田良兼)
別紙目録(1)
ブロック玩具で下記構造のもの
正面図、平面図、側面図、底面図<省略>
構造の説明
短形状のブロック主体1の上面に2列8個の円形突起2を突出させた合成樹脂製ブロック玩具であって、その主体1は周縁3と上面とを有し内部を底面に向けて開放した形状をなし、その周縁3から内側に向つて互いに接続することのない劃壁5、5を突出させてその各劃壁間に円形突起が嵌合し得る空洞部分4を8箇所形成したもの
別紙二 実用新案公報 実用新案出願公告 昭和四〇-一三二九〇 公告 昭四〇・五・一七
ブロック玩具
実願 昭三七-六五〇五五
出願日 昭三七・一一・二
審判 昭三九-一七九
考案者 風間重義 東京都葛飾区上平井町一の九
出願人 株式会社 河田 東京都新宿区西大久保三の一四
代表者 河田親雄
代理人 弁理士 秋本正実
図面の簡単な説明
第一図は本案ブロック玩具の平面図、第二図は正面図、第三図は底面図、第四図及び第五図は第三図のA-A′及びB-B′断面図、第六図及び第七図は単にブロックの嵌着状態を例示する斜視図及び正面図である。
考案の詳細な説明
合成樹脂製の矩形ブロツクの上面に数個の円形突起を突設すると共にその下面側に前記円形突起の嵌合する凹入孔を形成し、これを多数個使用して塔、建物その他任意のものを組立てるようにしたブロツク玩具は公知である。
しかしてこのようなブロツク玩具においてはブロツクの内部を空洞にすると共にその内部を劃壁で升目に区劃し、その升目によつて形成される空間に他のブロツクの上面の円形突起を嵌合すべくするのが普通であるが、このようにすると少くとも二列の突起を形成する場合成型後の冷却に際し劃壁の交点の冷却速度が他の部分に比較して著しく遅くなつて内部歪みを生じ、変形したり上面に凹みを生じたりする欠点がある。
本考案は上記の如き欠点を除去し、同時に、各円形突起と劃壁間の寸法が正確に一致しないことがあつても常にキツチリと嵌合するようにしたものである。
前記の目的を達成するため、本案は矩形状のブロツク主体1の上面に少くとも二列の円形突起2、2を突出したブロツク玩具において、主体1を周縁3と上面を有し内部が底面に向けて開放した形状にすると共にその周縁の内部に前記円形突起が嵌合し得る空洞部分4、4を残して周縁3より内側に向つて互いに接続することのない劃壁5、5と中央部の中間片6、6とを設けたことを要旨とするものである。
換言すれば本案は、劃壁により升目を形成したと仮定したときの劃壁の廻交点に相当する部分を削り取つたような形状に最初から成型することを要旨とするものである。なお図中7は円形突起2の内部に形成した空洞を示す。
本案ブロック玩具は、上述のように主体底部周縁3の内縁の内部に円形突起2が嵌合し得る空洞部分4を残して周縁3より内側に向つて互いに接続することのない劃壁5、5との中央部の中間片6、6とを設けたから廻劃壁を升目にしたものに比し成型後の冷却に際し歪みを生ずることがない。
また本案においては、上述のように廻劃壁及び中間片が互いに接続していないため従来の升目の劃壁に比較して弾性が大きくなり、このため円形突起と空洞部分との寸法が厳密に合致しなくてもキツチリ嵌合して任意に組立てることができる。このことは図示のように八個程度の円形突起を有する場合には特に重要である。
即ち円形突起を八個或いは八個以上二列に突設させると当然にその底部には円形突起と同様の八個又は八個以上の空洞部分を形成させなければならない。しかもこの種ブロツク玩具は、夫々の円形突起と空洞部分とを全部嵌合させて垂直に組立てることもあれば、第六図に示すように各主体を直角に交叉させた状態で嵌合し、或いは第七図に示すように長手方向に沿つて四個或いは二個嵌合する等嵌合する円形突起と空洞部分とが特定しない。このように円形突起と空洞部分とはその相手方が必ずしも特定しないため、一個の型を用いて成型する場合でもすべての円形突起と空洞の寸法を正確に一致せしめることは極めて困難であり、まして工業的には一型に多数個のブロツクの形状を切削するため、これら型の寸法をすべて正確に一致せしめることは実際上殆んど不可能である。
本案においては、前記のように各劃壁を互いに接続しないから相当の弾性を有し、従つて円形突起と劃壁間の寸法に多少の誤差がある場合でも各円形突起と空洞部分とをキツチリ嵌合させることができる。
実用新案登録請求の範囲
矩形状のブロツク主体1の上面に少くとも二列の円形突起2、2を突出したブロック玩具において主体1を周縁3と上面を有し内部が底面に向けて開放した形状にすると共にその周縁の内部に前記円形突起が嵌合し得る空洞部分4、4を残して周縁3より内側に向つて互いに接続することのない劃壁5、5と中央部の中間片6、6を設けてなるブロツク玩具。
第一図~第七図<省略>